大判例

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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和47年(行コ)3号 判決 1974年4月05日

控訴人

堀井寛

外三名

右訴訟代理人

近藤忠孝

外四名

被控訴人

富山県

右訴訟代理人

俵正一

外六名

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一原判決理由らん第二の一項(同判決二三枚目表二行目から裏末行まで)の判示記載の事実は当事者間に争いがないから右記載をそのままここに引用する。

二ところで、控訴人らが本訴請求において主張の骨子とするところは、控訴人らが昭和四四年一二月五日に支給を受けるべき勤勉手当は良好な成績で勤務した場合の一〇〇分の六一という成績率を適用して算出された相当額の請求権として具体的に発生しており、そして右請求権の確定時期は、おそくとも、富山県教育委員会高岡事務所長が同年一一月二一日管内小中学校長に成績率の定を通知し、次いで学校長がその頃所属職員に右定を告知し得た段階においてであり、控訴人らは具体的に決定された右勤勉手当を法規所定の基準日到来と同時に支給日を支払期日とする請求権として取得したものであるというのである。

そこで、控訴人らの主張する本件勤勉手当請求権がその主張する時期において確定し、かつ具体的請求権として発生しうるべきものなのかどうかにつき先ず検討されなければならない。

三(一)  公立学校の教員たる控訴人らが地方公務員として支給を受けるべき勤勉手当は教育公務員特例法三条、二五条の五 一項、地方公務員法二五条に基づき定められた富山県一般職の職員等の給与に関する条例(成立に争いのない乙第一号証―以下本件条例という)二条、二三条にその根拠をおいていることは明らかである。

而して、同条例二三条一項においては、「勤勉手当は基準日(本件においては一二月一日)にそれぞれ在職する職員に対し、基準日以前六月以内の期間におけるその者の勤務成績に応じてそれぞれ基準日から起算して一五日をこえない範囲内において人事委員会規則で定める日に支給する。」と定め、同条二項においては、勤勉手当の額は、基準日に在職する職員が基準日現在において受けるべき給料の月額及びこれに対する調整手当の月額の合計額に任命権者が人事委員会の定める基準に従つて定める割合を乗じて得た額とする旨定めている。そして、右条例をうけて、富山県一般職の職員等の給与に関する(人事委員会)規則(成立に争いのない乙第二号証―以下本件給与規則という)は、条例二三条二項所定の「任命権者が人ノ委員会の定める基準に従つて定める割合」に関し、同規則三二条四項において、これを「期間率」に「成績率」を乗じて得た割合とし、さらに、同条五項(2)は、右期間率は基準日以前六月以内の期間における職員の勤務期間に応じてそれぞれの勤務期間に対応する期間率を指すものとし、これを別表(同規則別表第25第2欄)で百分の四〇ないし百分の百の範囲内で細目化し、次いで、同条一〇項(2)は、本件の基準日(すなわち一二月一日)の区分における成績率につき、一〇〇分の四〇以上一〇〇分の九〇以下の範囲内で各任命権者がこれを定めるものとする旨規定しているのである。

以上の各規定を総合すると、勤勉手当の性質を生活給的な給与又は能率給的給与のうち、いずれの方に重点をおいて理解するにしても、当該職員の勤勉手当が、少くとも前記条例及び給与規則により定められた範囲内において任命権者が右職員に対する成績率を個別的かつ具体的に決定するのでなければその支給額が最終的に確定されえない性質のものであることは明らかであるといわなければならない。

(二)  そこで進んで、勤勉手当の支給額が具体的に確定する経過、ないしその時期、換言すれば、当該職員(すなわち本件においては控訴人らのこと)が被控訴人に対し具体的な勤勉手当請求権としてこれを取得する時期について検討する。

先ず、任命権者の当該職員に対する勤勉手当の成績率決定に関し、その決定基準及び決定の告知方法等については本件条例はもとより本件給与規則は何らの規定も設けていないのである。ただ、「富山県一般職の職員等の給与に関する条例および規則の運用について」と題する富山県人事委員会の各任命権者あての文書(前記乙第二号証中所収)によれば、その「第一七期末手当および勤勉手当」の9項には、「任命権者は(本件給与)規則第三二条第一〇項に規定する職員の成績率を定めるについては当該職員の勤務成績報告書または勤務成績を判定するに足ると認められる事実を考慮して行なうものとする。」と謳つている。右は同委員会が任命権者に対し、本件給与規則三二条の解釈運用に関し、補充的に指針を与える一種の「指令」(国家公務員法一六条三項参看)と解せられ、各任命権者の当該職員に対する成績率決定に際しての基本的な運用指針であることは明らかであるが、これによつても、成績率の決定については、任命権者は当該職員の勤務成績を判定するに足る事実を考慮してこれを行なうべきであるという人事行政上当然ではあるが、極めて抽象的な指針を与えるのみで、勤勉手当の成績率決定における具体的な準則とはいい難いのである。

してみると、任命権者は、当該職員の勤勉手当の成績率を決定するには、勤勉手当が当該職員の勤務成績に応じて支給される給与の一種であること(本件条例二三条一項参照)にかんがみ、その規定の趣旨に合致するよう右決定権を行使すれば足りるのであつて、その成績率判定の基準、判定の方法等は前記のとおり本件給与規則所定の範囲(すなわち一〇〇分の四〇以上一〇〇分の九〇以下)内では任命権者の裁量に一任されているものと解することができるのである。

もつとも、任命権者が裁量により職員の勤勉手当の成績率を決定しうるとしても、勤勉手当の支給の財源である当該地方公共団体すなわち被控訴人側の当該年度における支出予算の範囲からの制約をうけ、また、富山県一般職の職員全体相互間において成績率が公平に決定せられていること、(従つて、行政庁の内部でも成績率の決定権者(任命権者)に対して成績率決定に関する一定の基準が設けられていることは後記のとおりである)を要する点は自明の理というべきであろう。

また、<証拠>によれば、国家公務員の給与につき初めて勤勉手当が創設された昭和二七年度以降昭和四二年度までの間、勤勉手当は期末手当と同様に一定の率をもつて支給するという運用方法がとられていたことが認められる(従つて、地方公務員の場合も同様の方法で勤勉手当が支給されていたことは弁論の全趣旨により容易に推認されうる)のであるが、だからといつて、法律又は条例に定められた勤勉手当本来の性質が任命権者の運用方法如何により変質するものでないことはいうまでもない。さればこそ、同証人の証言により認められるように、昭和四二年秋頃、国家公務員の勤勉手当の支給については法律の趣旨に従い運用すべきことが次官会議で確認され、昭和四三年度以降の勤勉手当の支給は法律の趣旨どおり実施されているのであり、この点は地方公務員の場合も同様であると解せられる。

従つて、また、任命権者は成績率の決定に関し過去の運用の実績に拘束されることもないと解して妨げないであろう。

(三)  ところで、控訴人らの本件勤勉手当に関し任命権者が如何なる経緯でその成績率を決定したかにつき考察してみるほ、<証拠>によると、原判決三七枚目表末行から三八枚目裏二行目まで記載の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によれば、県教育委員会が本件勤勉手当に関し、これを五段階に評価することとし、さらに各段階についての成績率を前記のとおりに決定したのが昭和四四年一一月一五日であること、次いで、右決定に基づき高岡教育事務所長が控訴人ら勤務の各中学校長提出にかかる各教員についての前記決定に則り計算した勤勉手当額の明細書に基づき本件勤勉手当に関する支出負担行為及び支出の決議をしたのが同年一二月三日であることが認められるから、控訴人らについて高岡教育事務所長が本件勤勉手当の成績率を定めたのは右日時であると解することができるのである。

而して、高岡教育事務所長が控訴人らの本件勤勉手当の成績率を決定すべき権限を有することは、原審証人川西三郎の証言及び地方教育行政の組織及び運営に関する法律二六条により明らかであるところ、同事務所長が右成績率を決定するに際しては、県教育委員会の決定した五段階毎に定められた前記認定の成績率に依拠すべきことはいうまでもないところである。

(四)  問題は、同事務所長が右成績率決定に際してよりどころとしたところの県教委の決定にかかる成績率の基準につきその性質を如何に考えるべきかということである。

この点につき、控訴人らは右基準をば給与条例を補充する法規としての行政規則と解し、任命権者である県教委が本件給与条例二三条に基づいて五段階の成績率を定めた以上、任命権者は右基準に拘束され、あとは個々の職員について右決定にかかる基準に則り勤勉手当額を機械的に算定すれば足りると主張するのである。

しかしながら右主張は以下の理由によりたやすく賛同し難い。

(1)  本件条例及び給与規則は、すでに述べたとおり、任命権者が本件勤勉手当の成績率を定めるには一〇〇分の四〇以上一〇〇分の九〇以下の範囲内でこれを決定することと定めているだけであつて、任命権者が各職員のそれぞれの成績率を決定するに際しては、予め、一定の基準を設けてそれに則り決定を行わなければならないとか、右基準を設けるならばこれを職員一般に公知させるべきであるという義務は何ら課していないのである。任命権者は本来右給与規則所定の範囲内で法規の趣旨に則り合目的的に右決定権を行使すれば足りるわけである。前記のように本件条例及び給与規則が任命権者に認めている裁量処分権の実質はこの各職員に対する具体的個別的な成績率の決定そのものにあるのであつて、成績率の段階別による基準を設定することに本来の裁量権があるというものではないのである。

(2)  しかしながら、国といわず、いずれの地方公共団体とを問わず、およそ任命権者が当該職員の勤勉手当における成績率を決定するに際しては、予め何らかの基準を設定し、その基準に則り成績率を決定していることが多いのは公知の事実であり、また右基準の内容も千差万別であることも、当審証人荻原博達の証言により認められるところである。これはいうまでもなく、勤勉手当が国又は地方公共団体の支出予算の範囲内で支給されることにかんがみ、支出額の予め計数可能な基準の設定を必要とすること、大量の行政事務を短期間に迅速然理すべきこと、庁内全体の適正公平な処理等の要請からから不可避的にその設定を促しているものということができるのであろうが、同荻原証人の証言にもあるように、成績率決定の基準として、成績普通者と成績不良者の二段階のみを設けているにすぎない行政庁のあるのをみてもわかるように、基準を設定しても、任命権者の当該職員の成績率を決定するに際しては依然として個別的具体的な成績率の決定という裁量処分権の行使によらなければ、当該職員の成績率は最終的に確定されえないのである。

(3)  これに対し、控訴人らは、富山県教育委員会が定めた本件五段階による成績率は基準としては極めて明白であり、高岡事務所長において当該職員の成績率を決定するに当つては裁量権限を行使すべき余地は全くないではないかと主張するのである。

なるほど、県教委の設けた五段階による本件成績率は基準として一応明確なものといえようが、しかし右基準は、任命権者が当該職員の具体的個別的な成績率を決定するに際しての重要ではあるが一つの準則にすぎないのであつて、準則のすべてであると解することは相当ではないのである。けだし、任命権者は当該職員の成績率を定めるに当つては当該職員の勤務成績を決定するに足りると認められる事実を基礎として右事実を考慮しながら成績率の判定を行なうのが、右決定権行使の基本的義務だからであり(前記人事委員会の各任命権者あての指針参照)、また、このような意味での裁量権そのものは行政庁内部における基準が設定されたからといつて、直ちに消滅するとも考えられないからである。

――控訴人らは、最高裁昭和四六年一〇月二八日判決(最高裁民事判例集二五巻七号一〇三七頁所収)を援用し、行政庁が第一次的裁量権を行使し、具体的な基準を設定すれば、その具体的基準には規範性が生じ、行政庁が右基準の適用を誤れば、当然に司法の判断の対象となると主張するのである。

しかしながら、控訴人らの援用する最高裁判決は本件の先例として適切なものということはできない。けだし、同判決で強調する点は、個人タクシー事業の免許の許否は個人の職業選択の自由という重要な法益にかかわりを有するものであること、同免許の申請人は、多数の者のうちから少数特定の者を具体的個別的事業関係に基づき選択して免許の許否を決しようとする行政庁に対し、公正な手続によつて免許の許否につき判定を受くべき法的利益を有すること、すなわち、行政庁は免許の許否を決しようとする場合において、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことが客観的にもつともと認められるような不公正な手続を排し、内部的にせよ道路運送法六条一項各号の趣旨を具体化した審査基準の適用は公正かつ合理的に行わなければならず、右基準の内容が微妙高度の認定を要するようなものである等の場合には右基準を適用するうえで必要とされる事項について、申請人に対しその主張と証拠の提出の機会を与えなければならないこと等にあると解せられる。

しかるに、本件における控訴人らは右最高裁の判例における個人タクシー事業の免許申請書とは、その法律関係における地位を異にするのである。すなわち、控訴人らは教育公務員としてその従事する勤務上の成績につき継続的かつ包括的な任命権者の評定を受けるべき立場にあるのであるから、任命権者によつてなされる控訴人らに対する本件勤勉手当の成績率の決定は、とりもなおさず、控訴人らに対する勤務成績の評定を勤勉手当の支給に際して、その成績率という数値で具体化したものということができるだけでなく、右評定は本来任命権者の側での一方的な作業にまつものであつて、評定を受ける者の関与を何ら要しないことがらであること等において重要な差異があるということができるのである。

従つて、これらの点にかんがみると、控訴人らが公務員として任命権者に対しその成績率の決定につき、自己に有利な資料の主張及び証拠の提出の機会を与えるよう請求できるような法的利益を有するものとはいえないし、他方、任命権者においても当該職員の成績率決定に際して、その決定基準のすべてを明らかにし、又は当該職員を聴聞しなければならない義務を負うものと解すべき余地もないといわざるをえないのである。――

(五)  そうだとすると、控訴人らが任命権者においてなした勤勉手当の成績率決定を争いうるのは、右決定権の行使が本件条例及び給与規則が定めた裁量権の範囲をこえ、又はその濫用があつた場合に限られる(行政事件訴訟法三〇条参照)のであつて、単に、行政庁内部における基準のひとつにすぎぬ本件勤勉手当の五段階別による成績率の一要件事実(すなわち、本件においては「書面訓告を受けた場合」)該当だけの有無を争つて、任命権者の本件勤勉手当の成績率決定を論難するのは当らない筋合というべきである。

そして、前示五段階による成績率のうち、「良好な成績で勤勉した場合」以外の成績率の適用を受け、その措置を受けた者が、右によつて裁量権の逸脱を理由にこれが行政庁の処分(決定ないし措置)を違法として争い救済を求めようとするには、別途、法所定の行政争訟によつてこれについての不服申立をなし是正を求めるか、ないしはこれを原因とする損害賠償請求をなす等の方法によるほかないというべきである。

四以上の次第で、控訴人らの主張する―法規に基づく―本件勤勉手当請求権はこれを認めるに由ないこと明らかであるから、その余の争点について論及するまでもなく本訴請求は失当として排斥を免れない。

よつて、控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は結局正当であるから、民事訴訟法三八四条二項に則り本件各控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用し主文のとおり判決する。

(三和田大士 夏目仲次 山下薫)

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